人の採用や教育に関わって20年以上にもなるから、 『モノになる人』 と言うか、立派な企業人になるかどうかを見分けることが出来る。
技能や経歴が優れていても 『モノにならない人』 は、いずれ職場の仲間や取引先に迷惑を掛けて会社の成長を阻害することになる。だから 『モノにならない』 と判定した人は信頼を寄せた重用をしない。
料理人を志して料亭の板場に入った若者を、親方が 『モノにならない』 と言って首を振る。
お笑い芸人を志して弟子に入った若者を師匠が 『モノにならない』 と判定し、厳しい指導を止めて放置する。
勿論、その道のプロになるための素質は重要だが、師匠・親方と呼ばれる人達は自分の経験で、長い時間の指導と自身の努力によって素質不足は補えることを知っているから、『モノにならない』 基準は素質だけではないことを分かっている。
では、何を見て 『モノにならない』 と思うのだろうか?
優れた素質を持った人でも、努力と研鑽を怠れば業は伸びないから、凄い素質を持っていても怠け者や性根の悪い人は、やはり 『モノにならない』 となる。
素質が不足する人は長い時間を掛けて指導し、本人も人一倍の努力が必要だから、辛抱を続けられない人はやはり 『モノにならない』 となる。
優れた素質を持っている人は稀で、数千人に一人しか居ないから、私達は素質が足りない凡人と悟るべきだ。そうすると私達は素質が無い人だから先達の指導を素直に学び、人一倍の努力と辛抱がないと 『モノになれない』 ことになる。
モノ(一人前)になるまでの修行は辛くて割が合わないことばかりだ。師匠や上司や先輩よりも早く出勤して掃除や準備を整え、しかし指示される仕事は誰でも出来るような雑用ばかりで、志した仕事に繋がらない仕事が多い。そういう雑仕事でも真面目に取り組み、何かを学び、辛抱する姿を見て、師匠は『奴はモノになる』 と判断して、プロのレールに乗せてくれる。
割に合わないことや辛抱を嫌う人や性根が悪い人は 『モノにならない』 のだ。
損得勘定の計算ばかりが強くて、己の要望や利益や金に“がっついている人”(強い執着がある人)は、割の合わない場面になると手の平を返すから信頼出来ないので、重用しないしプロのレールに乗せてもらえない。
自分の利益や金に“がっついていない”(強い執着がない)人は、損得勘定抜きだから、割の合わない仕事でも辛抱する人だから信頼できる。
人は誰でも利に聡く、損より得がいいし、金は少ないより多い方がいいに決まっているが、“がっついている”(強い執着がある)人は、やはり 『モノにならない』。
割に合わない苦労や辛抱は必ず自分の将来の財産になる。「割に合わないことを辛抱して続けられるか?」 ということだろう。
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